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「遊び」は文化遺産である
お手玉・あやとり・ビー玉・ベーゴマ・メンコ…。
懐かしい日本の子ども遊びの数々があります。
ある程度以上の年齢の方ならば、子ども時代に遊んだよ、と郷愁にかられるでしょうし、お祖母ちゃんやお祖父ちゃんから話は聞いた事がある…という方も多いと思います。
あやとりや折り紙のように、今でも子ども遊びとして親しまれているものもあれば、殆ど姿を消してしまった遊びもありますけれども…。
こういった昔ながらの遊びの数々は、たかが子どもの遊びと簡単に言えないほどの歴史と起源を持っています。殆どの遊びが、はるか古代に大陸からもたらされたものが起源となっているか、世界中に同じような遊びがあるかの、どちらかなのですが、いったん日本に紹介されると、原形を越えて日本独自の進化をしたものが殆どです。
いや、むしろ、より細やかで繊細な洗練された形で発展していきます。
まず最初のうちは、貴族階級・上流階級に伝えられ、それから時代ごとに庶民にまで普及して行きます。それも初めはオトナの遊びであったものが、子どもの遊びとして定着して行く…というパターンが多いのは、トップ・ダウンの大原則でしょうか。
上から下へと伝わって、庶民の子どもが一番下になるのですが、ここで残るか残らないかが決まります。「遊び」ですから、オトナが強制してやらせるものではありません。その遊びに魅力がなければ、面白くなければ当然途絶えてしまうことでしょう。
また、お金がかかる遊びでは続けられません。近代以前の、普通の庶民の良く言えばつつましい暮らし、もっとストレートに表現すれば食うや食わずの生活の中では「遊び」にお金なんかかけられませんから。
たかが子どもの遊びと言うなかれ!
そうして生き残ってきた遊びには、やはりそれなりの魅力があったはずです。
また時代と共に、様々な知恵と工夫を経て現在に伝えられたものは、立派な文化といえるでしょう。
あるいは、高度な美意識をもった先祖たちの遺産と呼んでも良いかもしれません。
また「遊び」の多くが、ほぼ現在に近い形で確立されたのは江戸時代になってからのことです。江戸時代といえば、鎖国状態で海外のテクノロジー情報は殆ど入らず、生産性も低く科学技術は停滞した時代…というマイナスイメージがあるかもしれません。
固定された身分差別もあり、また時には日照りや飢饉に悩まされる時もあり…というような…。
しかし、戦争の無い平和な時期が270年間続いた、というのは歴史的に見て高く評価される事なのです。この時期は、海外に類を見ない日本独自の文化を確立させ、成熟させた時代でもありました。子どもの遊び文化にとっても同じ事です。
いま改めて、スローライフな江戸時代が見直されているのも納得が出来ますね。